2009年11月29日日曜日

河井荃廬 北魏風楷書印(模写)1

 篆刻家河井荃廬が、庇護者であった三井高堅(源右衛門)のために刻したもの。

 三井氏は中国古拓本の蒐集に力を注ぎ、金石に通じていた荃廬はその協力をするとともに、多くの印を刻している。
 これらの収集品は聴氷閣コレクションとして知られ、現在は三井記念美術館に所蔵されている。


 わが国で、北魏風の楷書を印に入れたのは荃廬が最初といわれおり、特に始平公造像風の住所印がよく知られている。

2009年11月24日火曜日

旧作と袴


 印譜を作るかたわら、旧作の整理をしている。袴のないものには新たに作ることにした。
 旧作の大半は、もう使うこともないのだけれど、自分なりにこだわって作ったものが汚れたり、傷ついたりするのを見るのも忍びないので・・・
 こうして見ると、ずいぶん丈の短い材が多い。節約して石を2~3等分して使ったからだ。
 いちいち石を切り、磨き、そこではじめて布字をする。そんな手間も妙に楽しかった。

2009年10月29日木曜日

曹全碑18

 久しぶりの曹全。遅々として進まない・・

 文字は「戌・官・役・孝・等・燔」。
 「役」の旁は隷書ではこのように書くのが普通。「孝」上部は「土」→「右上の小点」→「左払い」の順に書く。「燔」の旁「番」は隷書以来、第一画の左払いを省略する。

2009年10月27日火曜日

呉大澂 篆文論語1



 久しぶりの投稿。上からそれぞれ「論語巻上」「学而第一」。
 「巻上」とは論語20篇のうち最初の10篇をさす。「学而第一」とは1番目の篇、学而篇のこと。論語の篇名は、最初に出てくる2字、3字をとってつけている。
 「語」「上」は金文特有の形。「而」は石鼓文、嶧山碑の形に近い。「第」はその本字である「弟」に作っている。

★呉大澂(1835~1903)
 初名は大淳、のち穆宗同治帝の諱を敬避し、大澂とあらためた。字は清卿。恒軒、愙斎などと号した。江蘇呉県の人。
 
 同治戊辰(1868)進士に及第し、文武の顕官を歴任したが、日清戦争に敗れて官を辞した。本来、政治家として治績のあった人だが、今では、金石学者、書画家として著名である。
 
 呉氏は18歳の時、陳換に識られ初めて篆書を学び、陳氏より江声の『篆文尚書』を贈られ、これを習った。23歳の時には、『篆文孝経』50本を書し、その後も『説文』を写す等、篆書の学習に励んだ。
 
 さらに34歳の時には、莫友芝と日夕金石文字を論じ、このころより金文を好むようになったという。これ以降、呉氏の篆書はそれまでの江声風から、金文に力を得た後年の風へと変ずることになる。
 
 金石学者としての著に『説文古籀補』『愙斎集古録』等がある。その篆書も金石学者らしく学問的な裏づけのある、一点一画も笱しくしない正確な篆体で、ゆるぎない整斉な結体、高雅な品格を備えていると評される。
 
★篆文論語
 呉大澂書 光緒12年(1886)刊行
 
 呉大澂は光緒9年(呉氏49歳)に出版した金文字書『説文古籀補』の成果をもとに、金文で『孝経』『論語』を書すことを企図。光緒11年5月に『篆文孝経』一巻を刊行。翌年光緒12年に『篆文論語』を刊行した。
《参考文献》
飯島春敬編 『書道辞典』 小林斗盦「呉大澂」 東京堂出版 1975
比田井南谷編 『書道基本名品集14呉譲之宋武帝勅・他』 北川博邦「呉大澂説文部首」 雄山閣 
1985
呉大澂書 蓑毛政雄監修 『篆書論語』 天来書院 2005

2009年8月31日月曜日

押印

 ただいま印譜制作中。前回紹介した印箋に押印。 

 
 今作っている印譜は、刻印を始めた翌年(平成12年)から去年までの印を収める。自刻印譜は過去に一部作成したのみで、刻印の大半は印譜にもまとめず、ほったらかしにしていた。
 
 いい加減まとめて置かないと散逸するかもしれないので、重い腰を上げ八月中旬から作業に取り掛かった。
 
 
 普通、印譜を編む際は駄作は入れず、作者会心の作(あるいはまあまあの作)を取るものだ。しかし今回は印、印影の残っているものはほとんど入れることにした。それは、ここ十年来の上達の度合いや好みの変化を確認してみたいからだ。
 

  
 まあ、そんなわけだから現在の目から見ると、満足いかない作品も少なくない。人には見せず、たまに取り出して独り眺めることにしよう。

2009年8月24日月曜日

印箋

 印箋とは、印を押し印影を保存するための用紙のこと。
  
 鮮明な印影を得るためには、表面が平滑で油を良く吸収する薄手の紙が適している。また印影を引き立たせるために枠を刷り込むことが多い。
  
 印箋は軸装や額装にして「篆刻作品」に仕立てるためのものと、複数枚を綴じて「印譜」(印影集)に仕立てるためのものがある。
 後者は印箋右側に綴じしろが来るので、その分、枠を左に寄せて印刷する。
 
 画像は自刻印譜用に作った印箋。枠の左側には印譜名や室号を入れるのが普通だが、制作年月日を記入できるように「平成 年 月 日刻」と印刷した。
  
 ちなみに、用紙は「白連半紙」。安価で押しやすい。印刷は家庭用印刷機「プリントゴッコ」を使用。昔は年賀状をこれでよく作ったが、ここ数年は押入れに入れっぱなしだった。印箋作りにも使えそうだとひらめき、ひさびさに使用。十分その任を果たしてくれた。
 

2009年8月17日月曜日

印箱




 知人のために印を刻したので、印箱を作って入れることにした。
 
 市販のものもあるのだが、外張りの布地がどれも同じでつまらないし、印材を収納する部分の作りも決まってるから、特定の大きさ、数の印材しか収められない。
 
 結局、自分に都合のよい箱がほしければ自作するしかないのだ。
 
 そこで、市販品を参考に作ってみたのが、これ。厚紙で形を作り、外側に表布、内側にサテンを張って仕上げた。
 シロウト仕事なので、開閉がうまくいかなかったり、途中で布地がはがれたりして失敗の連続だったがなんとか完成。一見単純な箱も自作は手間がかかることを実感した。