2012年1月1日日曜日

平成24年賀状



今年の年賀状。印は甲骨文で「吉福」。龍は漢画像石より。

2011年5月14日土曜日

呉大澂 篆文論語24

「學矣 子曰君」

「學」は何度も出てくるが、毎度毎度悩まされる字である。

頭でっかちになったり字が大きくなったり、なかなか難しい。

2011年5月8日日曜日

呉大澂 篆文論語23





「言而有信雖曰」「未学吾必謂之」

二枚目は「吾謂之」が石鼓文特有の字形である。



2011年5月2日月曜日

百福印26

百福印9でも試みた、古璽の二重辺縁様式。こんどは甲骨文で。
前回より幾分かうまくまとまった。

2011年5月1日日曜日

百福印25



甲骨文を古璽の様式で。

内輪郭の太さに差をつけ、左右の軽重の変化をねらってみた。

撃辺も自然な古味がでるよう按配したが、文字とのなじみ加減がイマイチなようだ。


百福印もやっと25。まだまだ先は長い。

2011年4月30日土曜日

呉大澂 篆文論語22

「其身与朋朋交」
今回も半紙にバランスよく収めることに苦心し、枚数をかさねてしまった。
小篆と違い、文字の概形が四角に収まらないものが多いので、紙面の適切な位置を把握するのが困難なためだと思われる。
こういう事は慣れるしかないのだろう。

百福印24

このような四角と丸を組み合わせた形は古璽にその例がある。

2011年4月20日水曜日

呉大澂 篆文論語21

「其力事君能致」

2011年4月11日月曜日

呉大澂 篆文論語20

「色事父母能竭」「色」がちょっと右寄りになったか。丁度よい位置をきめるのはなかなか難しい。

2011年3月31日木曜日

呉大澂 篆文論語19


「子夏曰賢=易」

「賢」の傍らの「=」は畳点、繰り返し記号である。「賢賢(賢を賢として・・・)」と読む。

2011年3月24日木曜日

呉大澂 篆文論語18



上「衆而寴(親)仁行有」
「衆」は「目」と三人の形に従う。白川静『字統』によれば、甲骨文では「囗(イ)」に作り、「囗」は邑の外郭であり、「衆」とは邑中の人というのが原義であるとのこと。のちに最初の字義、字形が忘れられ「目」に作るようになったという。
「親」は通用する「寴」を用いている
下「餘力則以學文」
珍しく一枚書きでまとまったもの。

2011年3月21日月曜日

呉大澂 篆文論語17



東日本大震災で被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。
11日の地震では幸いに被害もなく無事だった。
とはいえ、地震直後の停電、今も続く余震、交通や物流の障害など「非日常」を強く感じる毎日である。
一日も早い復旧をねがいつつ、自分の出来ることをやっていくしかない。
さて、上は「弟謹而信汎愛」
下は恒例の小作品。「和為貴(和を貴しと為す)」(学而)
礼(儀式のさだめ)においては和(調和)を貴ぶという意味。
「和」を通用する「龢(ワ)」に作っている。白川静『字統』では「龢」の「龠(ヤク)」は笛で、楽音が調うの意と説く。
また「為」は手と象の形であり、手を以って象を使役して土木工事などを行うのが原義であるという。
用紙は本画仙の単箋。紙の特性を生かし自然なニジミにより柔らかみを出すことを狙った。
しかしニジミが多すぎ、鈍重になってしまった。

2011年3月7日月曜日

呉大澂 篆文論語16


『論語を書く』に基づく小品その2。
「過則勿憚改」(過てば則ち改むるに憚ること勿れ)(学而)
「改」は甲骨金文では「巳」に従う。
用紙は中国の便箋。八行書きの伝統的なスタイル。
良く見ると、うっすらと罫線が見える。
ニジミが多く使いづらいため、しまい込んであったが、ふと思いついてこんな使い方をしてみた。
このくらいの大きさの字では、にじみ易い紙質も気にならない。
罫線も薄めの色で目立たず、まわりの太枠により文字もひきしめられて、それなりにまとまったと思う。

2011年3月1日火曜日

呉大澂 篆文論語15



上は「子入則孝出則」
「則」は金文、石鼓文、詛楚文、説文籀文では「鼎」+「刀」に作る。
白川静『字統』によれば、「則」は鼎側に刀を加えて文を刻すことが原義であり、
鼎の銘文は不変の規範とすべきものなので、法則の意となったという。
二つの「則」は、それぞれ字形を微妙にかえて変化をつけている。
下は「坦蕩々(たいらかにしてとうとうたり」(述而)
「心が穏やかでゆったりとしている」の意。
『論語を書く』(蓑毛政雄編 天来書院 2005)をもとに小作品を作ってみた。

2011年2月28日月曜日

呉大澂 篆文論語14




上は「用而愛人事(使)民」
5文字目は「使」の初文である「事」を用いている。
下は「以時 子曰弟」
いまさらながら、半紙にうまくまとめる難しさを痛感している。
紙を六等分に折ってはいるが、文字の大小に応じ枠外に出す場合もあるので、あくまでも目安。
全体でバランスを取らねばならない。
とはいえ、初期にくらべだいぶ収まりが良くなってきた。

あとはもう少し定期的にUPできたら上々なのだが・・・

2011年1月2日日曜日

百福印20、21、22、23








同形の甲骨文を、それぞれ朱白方円を違えて制作。
大晦日に刻した4顆を、昨日、今日で補刀して仕上げた。


平成23年の年賀状

今年の年賀状。大字は「恭頌新禧」小字は「辛卯元旦」。
ウサギの絵は漢代の鏡から取った。傍らの字は「漢竟兎図」。
「竟」は通じて「鏡」の意味に用いられる。
真ん中の印は、漢代吉語印の模刻で「日有憙(日びによろこびあらん)」。

2010年12月4日土曜日

百福印19

印篆を楕円の辺縁でかこってみた。辺縁の「円」と文字の「方」の対比がねらい。
印稿では文字の欠けはもっと少ないのだが、線のゆがみを誤魔化すために欠いてみたら、明るい感じになった。
怪我の功名というやつだ。

2010年11月28日日曜日

百福印17、18



甲骨文を用いて、長方形と楕円形の輪郭で。

2010年11月26日金曜日

百福印16

今度はオーソドックスな金文の形で。
単純な形なので、変化をつけるために旁にたいして偏をグッと下げたてみた。
楕円の輪郭との調和を考えつつ、印稿の段階で微調整を重ねた。

前回もそうだが、こういう四角以外の印を刻すときは、主に正方形の印材を面取りして使っている。
円形の印材の場合、押印時に斜めになりやすいからだ。
しかし、この印材はかなり固めの寿山石で、面取りの方が骨がおれた・・・