2011年4月30日土曜日

呉大澂 篆文論語22

「其身与朋朋交」
今回も半紙にバランスよく収めることに苦心し、枚数をかさねてしまった。
小篆と違い、文字の概形が四角に収まらないものが多いので、紙面の適切な位置を把握するのが困難なためだと思われる。
こういう事は慣れるしかないのだろう。

百福印24

このような四角と丸を組み合わせた形は古璽にその例がある。

2011年4月20日水曜日

呉大澂 篆文論語21

「其力事君能致」

2011年4月11日月曜日

呉大澂 篆文論語20

「色事父母能竭」「色」がちょっと右寄りになったか。丁度よい位置をきめるのはなかなか難しい。

2011年3月31日木曜日

呉大澂 篆文論語19


「子夏曰賢=易」

「賢」の傍らの「=」は畳点、繰り返し記号である。「賢賢(賢を賢として・・・)」と読む。

2011年3月24日木曜日

呉大澂 篆文論語18



上「衆而寴(親)仁行有」
「衆」は「目」と三人の形に従う。白川静『字統』によれば、甲骨文では「囗(イ)」に作り、「囗」は邑の外郭であり、「衆」とは邑中の人というのが原義であるとのこと。のちに最初の字義、字形が忘れられ「目」に作るようになったという。
「親」は通用する「寴」を用いている
下「餘力則以學文」
珍しく一枚書きでまとまったもの。

2011年3月21日月曜日

呉大澂 篆文論語17



東日本大震災で被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。
11日の地震では幸いに被害もなく無事だった。
とはいえ、地震直後の停電、今も続く余震、交通や物流の障害など「非日常」を強く感じる毎日である。
一日も早い復旧をねがいつつ、自分の出来ることをやっていくしかない。
さて、上は「弟謹而信汎愛」
下は恒例の小作品。「和為貴(和を貴しと為す)」(学而)
礼(儀式のさだめ)においては和(調和)を貴ぶという意味。
「和」を通用する「龢(ワ)」に作っている。白川静『字統』では「龢」の「龠(ヤク)」は笛で、楽音が調うの意と説く。
また「為」は手と象の形であり、手を以って象を使役して土木工事などを行うのが原義であるという。
用紙は本画仙の単箋。紙の特性を生かし自然なニジミにより柔らかみを出すことを狙った。
しかしニジミが多すぎ、鈍重になってしまった。