2011年5月1日日曜日

百福印25



甲骨文を古璽の様式で。

内輪郭の太さに差をつけ、左右の軽重の変化をねらってみた。

撃辺も自然な古味がでるよう按配したが、文字とのなじみ加減がイマイチなようだ。


百福印もやっと25。まだまだ先は長い。

2011年4月30日土曜日

呉大澂 篆文論語22

「其身与朋朋交」
今回も半紙にバランスよく収めることに苦心し、枚数をかさねてしまった。
小篆と違い、文字の概形が四角に収まらないものが多いので、紙面の適切な位置を把握するのが困難なためだと思われる。
こういう事は慣れるしかないのだろう。

百福印24

このような四角と丸を組み合わせた形は古璽にその例がある。

2011年4月20日水曜日

呉大澂 篆文論語21

「其力事君能致」

2011年4月11日月曜日

呉大澂 篆文論語20

「色事父母能竭」「色」がちょっと右寄りになったか。丁度よい位置をきめるのはなかなか難しい。

2011年3月31日木曜日

呉大澂 篆文論語19


「子夏曰賢=易」

「賢」の傍らの「=」は畳点、繰り返し記号である。「賢賢(賢を賢として・・・)」と読む。

2011年3月24日木曜日

呉大澂 篆文論語18



上「衆而寴(親)仁行有」
「衆」は「目」と三人の形に従う。白川静『字統』によれば、甲骨文では「囗(イ)」に作り、「囗」は邑の外郭であり、「衆」とは邑中の人というのが原義であるとのこと。のちに最初の字義、字形が忘れられ「目」に作るようになったという。
「親」は通用する「寴」を用いている
下「餘力則以學文」
珍しく一枚書きでまとまったもの。