2011年3月31日木曜日

呉大澂 篆文論語19


「子夏曰賢=易」

「賢」の傍らの「=」は畳点、繰り返し記号である。「賢賢(賢を賢として・・・)」と読む。

2011年3月24日木曜日

呉大澂 篆文論語18



上「衆而寴(親)仁行有」
「衆」は「目」と三人の形に従う。白川静『字統』によれば、甲骨文では「囗(イ)」に作り、「囗」は邑の外郭であり、「衆」とは邑中の人というのが原義であるとのこと。のちに最初の字義、字形が忘れられ「目」に作るようになったという。
「親」は通用する「寴」を用いている
下「餘力則以學文」
珍しく一枚書きでまとまったもの。

2011年3月21日月曜日

呉大澂 篆文論語17



東日本大震災で被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。
11日の地震では幸いに被害もなく無事だった。
とはいえ、地震直後の停電、今も続く余震、交通や物流の障害など「非日常」を強く感じる毎日である。
一日も早い復旧をねがいつつ、自分の出来ることをやっていくしかない。
さて、上は「弟謹而信汎愛」
下は恒例の小作品。「和為貴(和を貴しと為す)」(学而)
礼(儀式のさだめ)においては和(調和)を貴ぶという意味。
「和」を通用する「龢(ワ)」に作っている。白川静『字統』では「龢」の「龠(ヤク)」は笛で、楽音が調うの意と説く。
また「為」は手と象の形であり、手を以って象を使役して土木工事などを行うのが原義であるという。
用紙は本画仙の単箋。紙の特性を生かし自然なニジミにより柔らかみを出すことを狙った。
しかしニジミが多すぎ、鈍重になってしまった。

2011年3月7日月曜日

呉大澂 篆文論語16


『論語を書く』に基づく小品その2。
「過則勿憚改」(過てば則ち改むるに憚ること勿れ)(学而)
「改」は甲骨金文では「巳」に従う。
用紙は中国の便箋。八行書きの伝統的なスタイル。
良く見ると、うっすらと罫線が見える。
ニジミが多く使いづらいため、しまい込んであったが、ふと思いついてこんな使い方をしてみた。
このくらいの大きさの字では、にじみ易い紙質も気にならない。
罫線も薄めの色で目立たず、まわりの太枠により文字もひきしめられて、それなりにまとまったと思う。

2011年3月1日火曜日

呉大澂 篆文論語15



上は「子入則孝出則」
「則」は金文、石鼓文、詛楚文、説文籀文では「鼎」+「刀」に作る。
白川静『字統』によれば、「則」は鼎側に刀を加えて文を刻すことが原義であり、
鼎の銘文は不変の規範とすべきものなので、法則の意となったという。
二つの「則」は、それぞれ字形を微妙にかえて変化をつけている。
下は「坦蕩々(たいらかにしてとうとうたり」(述而)
「心が穏やかでゆったりとしている」の意。
『論語を書く』(蓑毛政雄編 天来書院 2005)をもとに小作品を作ってみた。